野球のかけら

僕はそこでスポーツ新聞をひろげながら、片手でライスカレーのスプーンを口に運んでいました。僕の好きな大洋の選手がトレードに出るというニュースがその一面に大きく出ていたからです。


出典 :「影法師」(『遠藤周作短編名作選』)
遠藤周作 講談社文芸文庫2012

「ちょっと待った」とマイケルが抗議する。「いまのはなんだ」
「知らないのか?」と杉村がとぼけた。「消える魔球といってな、昔、日本の星飛雄馬というピッチャーが投げてたボールなんだ。
「そんな選手は知らないぞ」
「いたんだよ。左投げのピッチャーでね。ただ、無理がたたって腕を壊しちまった」
「ははは。そうか、そんなすごい男が日本にもいたのか」
「ははは」
「──ふざけんじゃねえ」


出典 :「星間野球」(『超動く家にて 宮内悠介短編集』)
宮内悠介 東京創元社2018

「それはいいな。栄養のあるものが作れるようになったら、野球選手の奥さんになる、って手もある」
父親が言った。父親はプロ野球のファンだった。


出典 :「野球選手の妻になりたい」(『ボーイミーツガールの極端なもの』)
山崎ナオコーラ イースト・プレス2015

私は野球が大好きである。それは勇猛果敢なプレーが見られるからである。それに対して入場料を支払うのである。決して勝った負けたを見に行くのではない。球団の組織だとか、監督の政治力だとか、選手個人の世渡りの上手下手を見にゆくのではない。
やるからには死力を尽くしてもらいたい。それが野球というスポーツなのではないか。


出典 :「中西・豊田いまいずこ(『小説新潮』’68.6初出)」(『昭和プロ野球徹底観戦記』)
山口瞳 河出書房新社2012

野球は豪快さと緻密さを併せ持つスポーツである。緻密な頭は必須だ。しかしその答えは、理論ではなく体だけが示すのである。


出典 :「中西太にみる「未完の大器」の育てかた」(『野球の匂いと音がする』)
赤瀬川隼 筑摩書房1990

「君、野球に興味あったの?」
いっそのこと、野球は私の命よ──と、いおうかと思ったアリスだ。でもさすがにそれだと、おかしな女の子になり過ぎると思って自制した。


出典 :『野球の国のアリス』
北村薫 講談社2008

草野球の選手というものは、草野球であればある程、無暗に球を打ちたがるものだ。が、弴さんは初めっから、投手の球を、捕手のミットに納まるまで、よく見届けたのは、矢っ張り、一芸に達した人の、精神修養賜物だと思った。


出典 :「文士野球団の思い出」(『久米正雄作品集』【岩波文庫】)
久米正雄 岩波書店2019

(…)フェンウェイ球場はあらゆる意味において普通ではない、風変わりな球場だ。大都市の真ん中にある狭い公園の中に、かなり無理をしてこしらえた野球場なので、何しろ窮屈にできている。


出典 :「野球と鯨とドーナッツ」(『ラオスにいったい何があるというんですか?』【文春文庫】)
村上春樹 文藝春秋2018

「おれの経験ではな、野球はつまるところ、ピッチャーとバッターの決闘やな。野球はチーム・プレーやいうのも本当やが、その中で選手一人一人のポジションは孤独なものなんやで。うまい守備いうんはな、選手同士が決してひっつかんと、つねに適度な距離を保つことや。攻撃かて同じや。打つんはいつも一人やさかいな。そしてここが一番大事なとこやけど、一人一人が孤独やからこそ、野球は楽しいんやで。よう、ピッチャーは孤独やとかいうが、ピッチャーだけやあらせん。バッターなんか、味方との距離でいえばもっと孤独や。そのバッターとピッチャーの対決は、そやから、一騎討ちとか決闘の白眉といえへんか。それが、野球の基なんや」


出典 :「梶川一行の犯罪」(『深夜球場』【文春文庫】)
赤瀬川隼 文藝春秋1995

「タイガースは二位に浮上したよ。おまけに巨人は大洋に負けて最下位に逆戻り。こんなラッキーな1日は滅多にないよね、博士」


出典 :『博士の愛した数式』【新潮文庫
小川洋子 新潮社2005

指名打者は守備につかないから、味方の守備のときはどうしても気持がゲームから離れていってしまう。そこで失った集中力を打席に立つときにまた取り戻すのがたいへんなんです」
打撃と守備は、野球というゲームの中にあっては密接な相関関係にあり、切り離して考えるべきことではなかったのだ。


出典 :「指名打者石嶺和彦)」(『ヴェテラン』【文春文庫】)
海老沢泰久 文藝春秋1996

ぼくは自分の人生で愛しているものをかぞえあげてみる。アニー、カリン、アイオワ、野球。偉大な神、野球。


出典 :『シューレス・ジョー』【文春文庫】
W.P.キンセラ/永井淳訳 文藝春秋1989

プロ野球からメジャーから独立リーグ……俺はどこでも楽しかったなあ」


出典 :『虹のふもと』
堂場瞬一 講談社2016

この時代の西鉄は本当に面白いチームだ。初めはどうも調子が出ない。眠れる獅子だ。そのうちに「こりゃ、いかんわい」ということになって走り出す。そうなると手がつけられなくなる。三十一年から三十三年のペナントレースでのこの傾向を最後に集約してみせたのが、三十三年の日本シリーズでの三連敗の後の四連勝といえるのではあるまいか。


出典 :『獅子たちの曳航西鉄ライオンズ銘々伝』【文春文庫】
赤瀬川隼 文藝春秋1995

いろんな人の野球の話を聞きたい。
野球っていったい何なのだろう。なぜこんなに自分を興奮させたり、絶望させたりするのだろう。ただ球を打って右に走るだけのスポーツなのに。


出典 :『野球小僧』
島村洋子 講談社2012

――うん、今日はプロ野球が始まるぞ――
そう考えれば、あなたの週末は薔薇色に輝き出すのだった。


出典 :「あなたに捧げるブルース」(『コーヒー・ブレイク11夜』【文春文庫】)
阿刀田高 文藝春秋1984

こんなことを今いっても、だれも信用しそうもないが、三十年前には、巨人の水原監督と一緒に、第一回都市対抗戦で、神奈川県代表の鎌倉軍に参加し、台湾代表の台北軍と、神宮球場で戦ったこともある。


出典 :「スポーツ」(『人生について』【中公文庫】)
小林秀雄 中央公論新社1978

「(…)ただ、彼は私と同じ国に住む男です」
アメリカに……」
「いえ、野球の国に」


出典 :『八月からの手紙』
堂場瞬一 講談社2011

「ナイスキャッチ」 ジェスが大声で言うと、ダニーは笑顔を見せてグローブでズボンをたたき、すばやく三塁に戻った。


出典 :「四月の野球」(『四月の野球』)
ギャリー・ソト/神戸万知訳 理論社1999

「(…)いいですか、どんな法律や規則を見ても、女性がプロ野球の選手になってはいけないとは書いてありません。技術と体力さえあればプロの選手になれるし、また当然、なるべきです」


出典 :「野球をするシンデレラ」(『井上ひさし短編中編小説集成第2巻』)
井上ひさし 岩波書店2014

「(…)あなたはホレス・ホイットリングの娘よりも、スペンサー・トラストの妻よりも三塁打を愛しているのよ──そのわけを言いなさい!」


出典 :『素晴らしいアメリカ野球村上柴田翻訳堂』【新潮文庫
フィリップ・ロス/中野好夫常盤新平訳 新潮社2016

ああ、そうか、野球選手だ。


出典 :「野球選手のスープ」(『女が死ぬ』【中公文庫】)
松田青子 中央公論新社2021

「それで考えたあげくジョーの野郎を、野球場に連れて行くことにしたんですよ」


出典 :「あなたに捧げるブルース」(『恐怖夜話 ミッドナイトの楽しみ方』【ワニ文庫】)
阿刀田高 KKベストセラーズ1984

俺は試合に帰ってきた。一人一人、一球ずつの探り合い。神経が疲れる作業だが、これがキャッチャーの醍醐味だ。


出典 :『ラストダンス』
堂場瞬一 実業之日本社2009

さっきまでセ界が全滅したことを
私はぜんぜん知らなかった


出典 :『野球短歌〜さっきまでセ界が全滅したことを私はぜんぜん知らなかった〜』
池松舞 ナナロク社2023

ナイター中心のプロ野球はあまり好きではない。そもそも野球は人工の光の中で行うスポーツではない、という気がする。白い球は青空に吸い込まれてこそ、清々しいのではないか。ましてやドーム球場なんて。あんなものは邪道だ。


出典 :『輝跡』
柴田よしき 講談社2010

そこは俺の場所だ。ボールをきつく握り締めた。投げたい。投げられなかった長い時間のことを思い、マウンドへの思いはさらに強くなる。一年は長かった。渇望――俺にはそこで投げる権利がある。


出典 :『大延長』
堂場瞬一 実業之日本社2007

球を掴んだ───野球の心臓を掴んだ!


出典 :「風下の朱」(『無限の玄/風下の朱』【ちくま文庫】)
古谷田奈月 筑摩書房2022